NVC 其の2 人は本来は誰かのために与えるのが好きって知ってた?

NVC 非暴力コミュニケーション

前回、NVCについてのその1では、NVCを作ったマーシャル・B・ローゼンバーグ博士の2つの問いについて書いた。

「人はなぜ暴力的になれるのか?」

「どんな状況でも、思いやりを持てる人がいるにはなぜだろう?」

マーシャルはこの2つの問いを少年時代から、大人になっても持ち続けて、研究をして、2つの違いには使う言葉があることに気づいた。

人は本来は自然と思いやりを持って生まれてきて、誰かのために与えるのが好きだっていう説を立てたんだ。

「人は誰かのために与えるのが好き」 

そんな言葉を聴くと、いやいやいや、そんなことないんじゃない、世の中悪い奴いっぱいいる、少数の人たちが搾取している社会じゃん、人のために与えることが出来ない自分はダメな人だなどなど、、、、

いろんな声が聴こえてくる。

そんな風に思ったら、ここで少し時間をとって、誰かのために、喜んで与えた経験を思い出してみてください。 見返りを求めるのでなく、心から湧き上がって行動するとき、人の役に立ちたいとか頭でいろいろ考えずに自然と出てくること。

でも、どんな人も与え受け取る関係性の中で生きている。 自分では気がついていないかもしれないが、誰か他の命のために与えて役に立つことをやっている。

「誰かのために与えたり、貢献した出来事」を思い出してみて欲しい。

どんな小さなことでも、そのことが出来たことを思い出したら、そこに留まって感じてみてください。 どんな気分になったでしょうか?

以前にワークショップの参加者で、「私は人のために行動出来ないんです。」と言っている女性がいたが、話を聞いてみると、いっぱい人のために行動していて、「人のためにいっぱい行動してませんか?」って言ったら、本人が今まで気づいていなくて、驚いていたということがありました。

話はNVCからズレるが、人は呼吸をしているだけでギフトの交換をしていると自分は思っている。

息を吐いて吸うことは、空気から酸素を取り入れて、体内で二酸化炭素を排出している。二酸化炭素は植物のエネルギーで、植物は酸素を作っている。

呼吸によって、ヨーガではプラーナと呼ばれる宇宙のエネルギーを交換していると言われている。

生きていることは世界の全てとエネルギーを交換している。

呼吸だけでなく、生きることはすべて何かしらの関係性のなかにある

「息をすることは生きること」

ゆっくりと深く呼吸に意識を向けて、関係性のなかで生きていることを感じてみて欲しいと思います。

NVC 人はなぜ対立するのだろうか? 非暴力コミュニケーションの種

 

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