ヨーガ

ヨガの聖典「バカヴァッド・ギーター」から学ぶヨガ哲学と生きること

ギーター
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「バカヴァッド・ギーター」、インドの叙事詩で 「マハーバーラタ」 の長編の物語の中の一部であり、ヒンズー教の聖典であり、ヨガ・スートラの並ぶヨーガの経典でもありインドの父、マハトマ・ガンジーの愛読書であったという。

ヨーガは健康のための体操でアーサナをやることが目的ではなく、人生を素晴らしくするための物で
その教え 哲学が「バカヴァッド・ギーター」。

読みたいって思っていて、先日やっと読み終えた。

「バカヴァッド・ギーター」は翻訳された物が、いっぱいあって何を読んでいいか迷ったので、
まずは単行本で、解説もあって読みやすそうな上村 勝彦さん翻訳の本を読んでみた。

マハトマ・ガンジーの言葉

物をほとんど所有しなかったガンジーが大事にしていた数少ない物が「バカヴァッド・ギーター」だったという。ガンジーはギーターを「無私の行為の福音」と言っていたという。
「無私の行為の福音」と言っても、意味がわかんないが、以下にガンジーの言葉がある。

「私にはギーターの目的が自己実現のための最もすばらしい道を示すことにあるように思われます。そしてこれは、私心のない行為によって、欲から離れた行為によって、結果を動機としない行為によって、全ての行為を神に捧げることによって、すなわち自身を自身の体と精神にゆだねることによって、完遂されるのです」
「私はギーターの中に安らぎを見ることができます。それはイエスの山上の垂訓より深い印象を私に残しました。疑いや失望を抱いたとき、水平線に一条の光すら見えないとき、私はギーターに立ち戻ります。ここそこで私を慰めてくれる詩句を見つけ、そうするうちにどうしようもない悲劇のさなかでもたちまち笑顔になります。私の人生は悲劇の連続でした。もし、それら悲劇が目に見えない傷跡や消すことのできない影響を何ら残していないとすれば、それはギーターのおかげです」自由時間 2017年5月号 (53) バガヴァッド・ギーター    山﨑赤秋

バカヴァッド・ギーターのストーリー

バカヴァッド・ギーターは、ヒンズー教などインドの神様 クリシュナ とアルジュナ王子の会話が書かれたもの。
戦争に行くことを悩んだアルジュナ王子に、クリシュナがヨーガの知恵を説く。そんな話。

ブラフマンとか、アートマンとか解脱とか、そんな言葉が出てきて、宗教的? 意味わかんなくねーって混乱しそうになるが
シンプルに現代社会で生きている自分たちに伝わるメッセージが、いっぱい書いてある。

「結果にとらわれず今を生きること」

「考えるより実践すること(愛を)

「この世界は無であり、全てある。完璧だ。だから心配無用」

「偉そうにしない、殺生しない、人の悪口言わない、慈悲の心を持ち、穏やかである、欲を持たない」

こんなことが書かれているって、受け取った。

ヨーガに精進すれば、宇宙(神)と一体になり平和になる。

ヨーガについて

Yoga ヨガについて書かれいるが、ここで書いてあるヨガが、現代で多く認識されているヨガと異なる。
というかヨガについて、人それぞれ、いろんな受け取り方があるので、普段、ヨガ、ヨガって言ってるが、どんなヨガって意識的でいたいって思う。

行為のヨガ(カルマヨガ)  karma yoga カルマとは、行為と結果。結果ではなく行為を目的にしろっていうこと。

知識のヨガ(ギャーナ・ヨガ) 正しい知識をえること
知性のヨガ(ブッディ・ヨガ) 行為の結果を動機としない知性を確立すること
常修のヨーガ(アビヤーサ・ヨーガ)  絶えずヨガに専念すること
放擲のヨーガ(サンヤサ・ヨーガ)  結果にとらわれずに行為を行うこと。

結果を気にせず、今を大切に生きることが、ギーターの教えから受け取れた。

また、時間が立って読んだら、違う受け取れ方ができそうだ。

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atsushi

atsushi

海宙工房(みそらこうぼう)主宰。 旅の途中で南の島生活3年目。 パーマカルチャーデザイナー。 地方で仕事創りはじめました。 波があったら、サーフィン。 畑やって瞑想して、ヨガやってドローイングアートを描いています。 ときおり詩も書きます。

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