現在、ワークショップや講座などの参加費を開催するクラスによって、参加者が自由に参加費を決められる方式にしています。
金額を決めて開催しているワークショップなどもあれば、スライディングスケール式という参加者が決められた幅の中で、自由に金額を選べる方式にすることもあります。
こういう金額ってどう決めているのだろうか? 需要と供給にのバランスや、主催する側はかかる経費などから受け取りたい額と参加者の予想される人数などから計算して金額を決めているのだろうか? 世の中の相場から、このくらいかなとかって適当な人もいるだろうか?
自分は、自分だったらいくら払いたいだろうかって自分の心に聞いてみます。今の自分ではなく、その学びが必要としていて、経済的に余裕がない状態でいくらだったら、自分が学びたいと思うことに喜んで払いたいと思う金額だろうか? その金額よりも安くして値段を設定してみます。
主催する側としては、事前に金額を決めてしまった方が楽だったりします。
金額が決まっていれば人数が決まれば、赤字にならずに安心して開催することができるので、ワークショップに集中しやすくなるなどの利点がある。 無料イベントやドネーション制などで開催すると直前のドタキャンが多くなりがちだったりで、定員のあるイベントだと人数設定が難しくなったり、会場費などの経費からリスクがあってドキドキすることもある。
定員で締め切った後に直前でキャンセルが続出して、締め切らなければよかったって思ったこともある。最初の頃はキャンセルが多いとショックを受けたりしたが、やっているとそういうもので、参加したい人、学びたい人が来てくれればよいし、あまり気にならなくなった。
参加者が参加費を支払ってくれることで、自分の収入にもなって、学びなどにもお金を回すことができるし、何より自分が情熱を持って伝えたいと思うことを受け取ってくれて、それに対してお金を払ってくれるということは嬉しいし、感謝の気持ちがとてもある。
直接自分が与えて受け取るという流れを経験してから、金額の大きさに関わらず、経済というのは人と人の関係でのエネルギー循環なんだというのを身を持って実感している。
一方でお金を払えないために学んだり参加出来ない人もいることは確かで、そのことに対して、お金を理由に学んだり、やりたいことを諦めて欲しくないという気持ちがある。お金がないというのも、今日食べるのや住む場所にも困る状況の人もいれば、100万円貯金があるが、減らしたくないという人もいるでしょう。 月収が40万円でも足りないという人もいれな、15万円でも余裕な人もいる。 自分もお金を理由で諦めたことはあるし、NVCの学びではスカラーシップを受けて学べたこともある。 スカラーシップが利用できるような講座は少ないけど、自分の周りで伝えたいことに情熱を持っている人たちは、金額の相談に乗る人もいるし、本当にやりたいことなら金額見てすぐに諦めないで欲しいと思う。
学びに限らず、やりたいことを諦める理由はお金だけではなく、時間がないという人もいるでしょう。仕事や子育てで忙しい。夜は時間が取れないから昼間の講座だったらとか。
あるいは、田舎に住んでいて、都会でしかやらない講座で受講出来ない。 これは最近はオンラインの講座が増えて解消されつつありますが、オンラインでの講座に参加するのに抵抗があるという人もまだまだいるようです。zoomが出て来て、この4年くらいでオンラインの学びはかなり身近になりつつあるが、なんでもかんでもオンライン化には疑問もある。 それでもオンラインのおかげで海外からも学べたりとその利点を生かすことでの豊かさも感じます。 ここはジレンマがあるところ。
健康上の理由で断念するというのもありますね。 健康でないといろんなことが難しくなる。 ウェルビーイングがよい一層注目される流れは、止まらないと思う。また年齢や性別などもあるでしょう。 女性ばっかりのイメージで男性は参加しにくいとか、社会人になってからも大学に行きたいと思っていたが、もうアラフォーだしとか。
それから言語というのもありますね。 英語話せないとかで断念っていうのは自分もある。これもチャレンジしたらなんとかなることもある。 2015年の春にタイでパーマカルチャーの10日間のコースに英語が話できないけど参加したことがあるが、言葉はわからないこと多かったが、なんとかなった。 もちろんもっと言葉が話できたらって思った。
こうやって出来ない理由を列挙していくと、気持ちが落ちていきそうですが、やりたいことをやることに条件は関係ないって思っています。
年齢、性別、健康状態、住んでいるところ、経済状態、国籍、言語、やれない理由を探すのは簡単ですが、やれない理由ではなく、やりたいことに目を向けたいと思う。
近年、日本でもクラウドファウンディングなどで、自分が支援した人や活動にお金を払うなどが新しいあり方が出てきています。 でも、これって仕組みとしては新しいだけで、昔から実はあったものではないかって思います。かつては学生は下宿といって安く寮生活が送れたり、パトロンが経済的な支援をするといった時代があった。将来もどうなるかなんていうのは希望だけで、わからないが、若者や夢を持っている人も、支援するのはもともとは当たり前だったのを無くしてしまっただけかもしれない。いろんな条件の中で実はお金というのは数字で見えるので、わかりやすくてなんとかしやすい気がします。
ダクシナ制
自分が面白いと思って採用したもので、日本では馴染みがない人がほとんどでしょうが、インドにはダクシナという仕組みがありました。
ドネーションとか寄付に近いのですが、先生に対して生徒が支払うお金のことで、生徒が先生(グル)に対してダクシナを支払うことで、尊敬と感謝を表していて、学びにおいて重要だという考えです。
生徒(参加者)が自分で金額を決めて支払って、先生(主催)が受け取ることで、どちらも持続可能な仕組みがあったら素晴らしいと思います。日本でのお布施というのも似た概念なのかもしれません。
参考:生徒が決める授業料、「ダクシナ」とは? https://veda-japan.com/dakushina/
恩送りの経済
もう一つ近年、注目されているもので、Pay What You Want。
pay it forward 恩送りの経済というものがある。こちらの方がわかりやすい気がします。
自分がワークショップをやれているのは、教えてくれた先生がいるから。学ぶための収入を得ることが出来たからだったり、学びのお金をサポートしてくれた人がいたからだったり、先生には先生がいただろうし、本を書いた人、翻訳をした人、育ててくれた人、出会った様々な人との繋がりがある。巡り巡る人の繋がりの流れの中で、お金の流れもその流れのひとつで、エネルギーの流れだと思う。
与え受け取る流れの中で、受け取ったからの対価としてではなく、エネルギーの流れ。
恩送りの経済なんて言ったりもする。 ギフト経済、ギフトエコノミーという言葉もある。
言葉はぶっちゃけなんでもいい。
参加費の仕組みにもこだわらず、お金だけでなくいろんな条件を超えて、自由で創造性のある方法を選択したいです。
参加費が高いと思っても、書いている条件で諦めずに、安いという理由で参加するのではなく、心と体の声を聞いて、選択して欲しいです。
ダクシナでも、Pay What You Wantでも、ギフト経済でも何かが正しい間違っているとかではなく。
何か創造的な方法があるという人いたら、ぜひ教えてください。
そして、自分にも何かサポートをしたいという人いたら大歓迎です。 お金でも違う形でも。お野菜とか泊めてくれるとか嬉しい。
望むだけ支払う方式(のぞむだけしはらうほうしき、英: Pay what you want、PWYW) は、購入者が所与の商品に対して所望の金額を支払い、時にはゼロを含む価格戦略。場合によっては、最小(底値)価格が設定されていてもよく、および/または推奨価格が買い手への指針として示されていてもよい。買い手はまた、商品の標準価格よりも高い金額を選択することもできる[1][2]。PWYWの多くの一般的な方式は購入前に価格を設定するが、一部は消費経験後まで価格設定を延期する。PWYWは、買い手を中心とした参加型価格設定形式であり、(価格の共同創造の側面としての)共同価格設定形式ともいえる。