パーマカルチャー

パーマカルチャーの創始者のビル・モリソンが永眠される。

ビルモリソン
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パーマカルチャーの創始者の一人、ビル・モリソンさんが亡くなったとの報を受けた。

お会いしたことないが、パーマカルチャーを学び、実践してパーマカルチャーリストとして
生きるひとりとして、感謝と祈りを捧げます。

ビルモリソン

オーストラリアのタスマニア島で1928年に産まれ森で育ったビル・モリソン。
漁師や森林で働いていた彼は自然が破壊されるのに気づき生態系の素晴らしさに気づき
開発に反対する運動を静かに続けていたが、反対するだけでは何も生み出さないことを知り、永続的なシステムを模索して、持続可能な環境を作り上げていくデザイン体系として、パーマカルチャーを生み出したと言います。

古いですが、ビル・モリソンの日本へのメッセージ。
今も心に響きます。

「羨ましいよ。君達の文化には、はるか昔から綿々と受け継がれ熟成されてきたものがある。
オーストラリアの歴史なんて、それに比べたら、まだ始まったばかりのようなものだ。
手付かずの自然は広く、そのままの形を残してくれているが、人間がこの大陸に来て手を加えた所は無残なものさ。
木を切ってばかりで、まる坊主にしてしまった。
腐植土はすっかりなくなっちまったよ。
俺にとって、日本の暮らしの文化は魅力的だと感じているんだぞ。
今なら、間に合う。そういう暮らしをしている人達が、ひっそりと、まだ日本のあちこちにいるから。
そういう貴重な暮らしの文化の先達たちが、しっかり語ることができるうちに、君達の世代が、それを聴き、実践し、君達の新しい発想も加えながら、次の世代に伝えていくんだぞ。 
伝承は、ただ形だけでなく、その内にある認識も・・・だ。
そこが、パーマカルチャーの大切なところだ。
いつか日本に行くからな。」

写真は安曇野パーマカルチャー塾より。
http://www.ultraman.gr.jp/perma/koiwai.htm

彼 ビルの蒔いた種が世界中に拡がっている。

パーマカルチャーは様々な形で、菜園をデザインするたけでなく、都市を街を政治をさまざまな関係性をデザインしている。

パーマカルチャーとは、関係性、つながりをデザインすること。

ビル・モリソン 心からありがとう。

ボクも種をまき、デザインを続けます。

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atsushi

atsushi

海宙工房(みそらこうぼう)主宰。 旅の途中で南の島生活3年目。 パーマカルチャーデザイナー。 地方で仕事創りはじめました。 波があったら、サーフィン。 畑やって瞑想して、ヨガやってドローイングアートを描いています。 ときおり詩も書きます。

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