エネルギーシフト 地域やコミュニティにエネルギーを取り戻すこと

エネルギーシフト

7年前、2011年の10月2日にアメブロに自分で書いた記事が出てきた。

しばらく日本の全ての原子力発電所が止まっていた時期もあり、現在は5、6機が稼働している。

再生可能エネルギーは、とても増えてきた。電力も自由化して電力会社を選べるようになった。食べ物もオーガニックな食品が大手スーパーでも見るようになった。

しかし事故は収束したわけではなく、なんとなく社会は暗い感じがする。

7年たって、今みんなはどんな感じがしているだろうか? 

 

エネルギーシフト

あれから半年が過ぎた。(2011年10月2日投稿)
もちろん311の大地震と原発事故だ。

原発事故は今も進行形だから、過ぎたという表現は正しくないかもしれない。

3月11日金曜日、ちょうど自宅にいて、用事があり外へと出ようとしたときだった。

今迄に経験したことのない揺れ方。
地震の場所は東北、でかい。
すぐに気になったのは青森県六ヶ所村にある再処理工場のことだった。

核燃料再処理工場のある青森県六ヶ所村へ行った話

地震で電源が落ちて冷却できなければ、高レベル廃液の入った燃料プールの温度が上がり、最悪は爆発する可能性がある。風向きによってはそのうちの数%の放射能が漏れただけで、青森県から静岡県までが放射能汚染地域になる。
ようするに東日本全滅だ。
そして原子力発電所も今回事故が起きた福島に茨城県の東海村、宮城県の女川、青森県の東通と太平洋岸にたくさんある。
地震が宮城沖と聞いたので、女川原発が大丈夫かなと思った。
しかし、自分が予測していた原発事故は福島第一のようにサブ電源まで壊れるのではなく、地震により制御棒をさせなくなり核暴走を起こす、あるいは地震か津波で配管が壊れて冷却水を循環できなくなるというものだった。まさかサブ電源する使いものにならないとは、いい加減さは予想をはるかに超えていた。

原発が地震に耐えられないのではないかというのは、震災前から予測していた。

それは昨年、六ヶ所再処理工場について、原子力安全保安院とサーフライダー・ファウンデーション・ジャパンで交渉を行ったときの保安院の対応がすでに信じられなかったからだ。(後記:正確には川田龍平議員が紹介議員として間を持っていただいてくれていた。)

東洋大学の渡辺教授らが再処理工場付近に活断層を指摘しているが、それらを調査もせずに活断層はないと決めつけていて、まさに結論ありきであった。
そして地震で放射能が漏れたら経済産業省の責任かと聞いたら、「はい」と答えたのだ。

当然、そんな責任をとれるわけがないのは、今回の原発事故でも明らかだ。
そして、鎌倉で海岸で潮がとんでもなく引いているのを見た。

これは、もしかして津波が来る前触れなのかと思ったら、漁師さんたちが津波が来るから注意しろと言ってた。

311から6年。ただ、ありのままであること。そのときミラクルが起こるんだ!

そして普段こないところに波がくるのを見た。

生まれて初めて津波を生で見た。

正直びびった。相模湾でこれでは東北はどうなっているのだろう。
ツイッターで次から次へと津波の情報が流れてくる。

反原発の人たちのMLで原子力緊急事態の情報が入ってくる。

これはかなりやばいかもしれない、どこかで大事故が起きるかもしれないと思っているうちに福島第一原発が冷却機能喪失、このままいけば炉心溶融するという情報が入ってきた。

情報を集めながら逃げる準備もしておこうと思った。 
荷物をまとめて、ガソリンを満タンにして。

しかし、地震で道路も電車も飛行機もどうかわからない。慎重に冷静に。
週末にあった予定もふっとんだ。

トランジションタウンのミーティングで地域のエネルギーの話をする予定と、市民発電所を見学に行く予定があった。

持続可能な街創り トランジション・タウン運動を始めよう!
そしてこの頃、鎌倉や葉山で仲間が上関原発の反対運動を積極的に行っていて毎週のように上関に行く仲間がいた。

自分も署名を集めたり集会に参加したりはしていたけど、そんなに積極的に関わってはいなかった。
上関原発という新規の建設はもう時代にそぐわないし、できないと思っていた。
それより核燃料サイクル計画、六ヶ所再処理工場を止めたいと思っていた。

なんで六ヶ所再処理工場かというと海へ放射性物質を大量に流すというのが最大の反対理由だけど、現地に行って見たときに本当にきれいなところに、大きな工場があって、世の中の差別、不条理の象徴のように見えた。

そして原子力のこと、エネルギーのことを学ぶうちに、エネルギーの問題こそ社会でもっとも大きな問題だって確信をした。

原子力における放射能など環境問題はもちろんのこと、石油や天然ガスのライフラインをめぐる戦争、南北問題、ジェンダー、労働問題、地域間の格差、食のこと、さまざまな問題にエネルギー問題がからんでいる。
この問題を無視して、海をきれいにとかって言ってられないって思ったんだ。
それでエネルギーシフトしたいって思うようになった。エネルギーと食を半分くらい自給した暮らしをしたい。地域でエネルギーをつくって雇用もうみたいって妄想をするようになって、勉強会を開催したり、いろいろなイベントに参加するようになった。
そんなおりに、大地震に原発事故があった。

それで実際に逃げよう、避難しようって思ったけど、実際はどこにも行かなかった。

首都圏まで放射能が飛んでくる可能性はあると思っていたし、低線量被曝が危険だってことも知っていたから、逃げるべきではって思ったし、相談を受けたら、とりあえずしばらく逃げたほうがいいかもしれない。

少なくとも逃げる準備はしておきたほうがいいと思うと言っていた。
いろんな人から、いろいろな意見や、いろいろと聞かれたりした。
とりあえず、しばらくいようと思ったのは、自分の師匠のような存在の尊敬する人と電話で話をして、安全だとは思わなかったけど、逃げるのはいつでも出来るから、今できることをしようと思った。

それでいろいろなことをやった。

子どもたちを守ろうと動いて議員会館にいってロビイングに参加したり、脱原発の署名用紙を集めたり、原発や放射能について勉強会やお話会をやったり、頼まれて雑誌に原発のことを記事を書いたりした。それにデモパレードを企画してやったりもした。

デモって何度も参加したけど企画するとは考えてもみなかった。

専門家の人の話を聞きにいったり、いろんな媒体で発信したり、いろんな人に原発やエネルギーのことを話した。原発のこととかエネルギーのことに詳しい人って言われるようになったのが、最大の不思議。人の話を聞けて本当に心からよかったと思ったのは肥田旬太郎先生の話、本当に心が打たれた。

それと、小出裕章さん、東京の講演会聞きに行ったけど満員で入れなかった。
一度再処理に反対する集会で、自分が活動紹介をしたときに小出さんの講演があって、お話できて、そのあとにメールさせていただいたこともあったので、また話聞けるだろうし、聞けなくても仕方ないなって思った。けど友人のおかげでその日の夜に小出さんとお会いして話ができて、聞きたかったことを確認できて、人柄がやっぱり素晴らしいって思った。

素晴らしい活動をして、尊敬できる人はいっぱいいる。

非電化工房の藤村先生は那須を最後の砦にしようと、放射能を測定して除去して子どもを守ろうと動いている。その発想を行動力からは学ぶことばかり。

非電化工房 幸せな暮らしの選択肢を提案! 電気はあまり必要ない?

ロービジンススクールの中村隆市さんは、チェルノブイリでの支援の経験から、子どもたちを守ろうと、さまざまな活動をされている。その他にも数えきれないほど素晴らしい活動をしている人がいっぱいいる。
本当に大変なことがおきたけど、とても学びになって素晴らしい経験もできた。

こんなこと書いているけど、自分は活動家ではないし、活動することが目的じゃなくて、エネルギーシフトをしたいだけなんだ。
 福島第一原発の事故はいまだ収束しておらず、放射能は今もでている。
収束には何十年、いや100年以上かかるかもしれない。
炉心溶融、燃料棒が高熱で溶けて、圧力容器という燃料が入っている圧力窯のような容器も溶かしてさらに下におちたメルトスルーという状態になっていると言われている。専門家の話では圧力容器を壊しているなら、格納容器も壊してさらに下に漏れて地下に落ちているメルトアウトという状態になっていると指摘する意見もある。
そうすると地下から大地や海を汚染することになる。 
そうならないために、地下にコンクリートの壁をつくるべきという意見もあるが、それで放射能がもれるのを防げるのかわからない。
そして、すでに地下に漏れていたら間に合わないかもしれない。
この事故がチェルノブイリほどの事故ではないと思っている人がいるが、チェルノブイリはひとつの原子炉の事故で、福島では3つの原子炉に燃料プールからも放射能がでていて、とまらず世界最大の核事故であるのではないかと思う。
実際に世界の放射能汚染のトップにも選ばれてもいる。
放射能汚染の実態も政府の発表は民間の調査より遅いが、少しずつ明らかになってきている。首都圏でもチェルノブイリ事故での自主避難区域相当の汚染の地域があることがわかってきている。

電力不足と言うのも、電力会社などのプロパガンダで原子力発電所が動かなくても電力が足りることもわかってきた。

もちろん、震災前からそんなことはわかっていた。
放射能の暫定基準値が世界に比べてゆるいことも広まってきている。
そもそも暫定基準値といのは、暫定であってどうしても他に食べるものがないときに
仕方なく、その値まで短い期間だけは我慢しましょう。という値であるはずで半年以上も
暫定のまま放射能汚染された食品を流通させてよいはずがないだろう。

その一方で原子力発電所が動かないと経済が悪化するなどと理由をつけて再稼働させようという動きもある。放射能汚染された瓦礫や汚泥が拡散して、緩い基準の食品が出回っている。

福島第一原発は今もまだ水素爆発や水蒸気爆発の可能性が残っている。他の原発だって地震がなくても、オペレーションミスで大事故になる可能性がある。
被曝の危険性を理解していない人もいっぱいいる。

日本ではICRPの基準をさらに緩く表現しているが、今の国の緩い基準で暮らしていたら
年間の被曝は内部被曝をこみで、福島とかではなく東京や神奈川とかでも本来の被曝の
基準の1ミリシーベルト/年をはるかに超えて、5ミリシーベルト/年
とか被曝するかもしれない。もっと被曝するかもしれない。仮に5ミリシーベルト/年の被曝だとICRPの基準を補正しないと1万人に5人がガンや白血病で
死ぬという。首都圏3千万人の平均が5ミリシーベルト/年の被曝だと1万5千人がガン死である。
これが厳しい基準のECRRの基準だと6倍の7万5千人がガン死である。
これは1年だから10年続いたら10倍の75万人だけどさすがにそこまでは続かないだろうと思いたいし、そんなことはあっては絶対にならないだろう。
しかし、そんなことが放置していたら現実となりそうなうに見えてしまう。

放射能?内部ひばくって? 自分や家族や大切な人を守るため原子力発電や被ばくについての基礎知識

政府や大手マスコミの情報を鵜呑みにせず、情報リテラシーを高めてしっかり考えて、選択したいと思う。選択肢はいっぱいある。
これからは都会から田舎へ。便利よりも自然のある暮らし。エネルギーも送電線に繋がるだけでなく、自給して蓄電して、あるだけ使うということだってできるはず。
生き方、暮らし方を少しずつでいいから変えていきたい。
エネルギーシフトの時代。
エネルギーシフトとは原発から自然エネルギーではない。
エネルギーを地域に取り戻し、必要な分を使う。
生き方そのもののシフトだ。
そう、エネルギーシフトをしよう。

 

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