コラム

ギフト・エコノミー贈与経済 この世界はすべてがギフトだって思う

nature
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ギフト・エコノミー   恩送りの経済
いろんな言い方がある。
新しい概念のようだが、新しくない。

現代のお金という道具 貨幣での交換ではなく、見返りを求めない与え合い、助け合いの経済のことだ。

資本主義経済は、もう古い。
少数の人が利益を得て、たくさんの人が搾取され、人間以外の生物にも優しくない。

本来、世界は常に循環しているはずだ。

お金ではない交換の手段として、物々交換 X-Changeや地域通貨という取り組みがある。
ギフト・エコノミーは、それらのさらに先にいった考え方。

代金は無料のレストラン カルマ・キッチン

昨今、知られてきた代金は無料のレストラン。
カリフォルニア州立バークレー大学近くの カルマ・キッチン karma-kitchen
毎週、土曜日の夕方5時から10時まで営業しているこのお店は毎週満席になるという。

そして、このお店のメニューには値段が書かれておらず、代金は食事の後にいくら払うかをお客自身が決める仕組みになっている。
お金を払わなくてもかまわないのだ。
料理を食べ終わったあとには封筒が置かれてて、

その中には、

「合計0ドル」
「寛容の精神に基づいて、この食事はあなたの前に来た
だれかからの贈り物です。私たちは、あなたがこの循環を
 続けてくれることを願っています。
 もし、これから訪れるお客様へこの輪をつなげたいと思ったら、
 封筒に無名の寄付を残してください。」
カルマ・キッチン

と書かれてあるメッセージが入っている。

あなたが、食べたのは、見知らぬ誰かからのギフト、プレゼントで
この循環を継続したければ、ここに見知らぬ誰かにあなたがギフトを贈ることで、循環していく。
この経済の循環をペイ・フォワード、誰かから受けた恩は誰かに返す。
恩送りの経済という。

ペイフォワード

交換ではなく、ただ与え合う経済を、ギフト・エコノミー、日本語では贈与経済という。

このようなシステムは、ただ理想論だって言う人もいるだろうね。
しかし、このカーマ・レストランは毎週満席で、今やバークレーだけでなく他地域にも拡がっているとい。

インドで10万食が無料で配られる、黄金寺院

インドのシク教総本山にあたるハリマンディル・サーヒブの「黄金寺院」では、
毎日約10万食の食事が無料で提供されている。
食事を作るのも、たくさんのボランティアに支えられている。

これは映画「聖者たちの食卓」で観た人も多いだろう。
自分もこの映画で知った。

この映画はナレーションもなく、ただ淡々とたくさんの食事が作られて配られる様子が描かれている。

だからこそ、きっと考えさせらる。

日々の食事のことについて。

経済の語源 経世済民。

そもそも。経済の語源 は「経世済民」という言葉から来ているという。
「経世済民」の意味は、民を救い世を治めるという。
今の政治や経済は民を救っているのか、苦しめているのかいとツッコミいれたくなるね。
経済は、英語のEconomyの訳で、エコノミーを経済に当てはめたのは福沢諭吉だという。
「Economy」と「Ecology」の語源の由来は、ギリシャ語で、家とか家庭の意味であるoikos(オイコス)という言葉が語源だという。

日本にもあるギフトエコノミーの世界

日本でもギフト・エコノミーで成り立っている場所がある。
ヴィッパーサナ瞑想は、すべて無料で一度瞑想を受けた人だけがギフトを払えるという。

パーマカルチャーデザイナーで共生革命家のソーヤ海君は、パーマカルチャーや共感コミュニケーションなどの
ワークショップをギフトエコノミーで実施している。
海君がなぜ、ギフトでやっているかということについて、
受けたいワークショップや講座がお金のある、なしで受けられないというようにしたくないという。

かくいう自分もギフトエコノミーで、イベントを何度かやったことがある。
ギフトでお金が集まるか、ドキドキしたけど、料金を決めたときより、集まった気がした。
お金が集まらないんじゃないかって、不安に思った自分の小ささを知った。

生きることは全てがギフト

人間が生きるのに必要なものは、空気も水も食べるものも、全てが自然からのギフト。
生きていて手にするものは、お金を払っているものも元々は自然界からのギフト。

パーマカルチャーの学びは、ぼくにとって生きていることがギフトだって実感することだった。

タイでパーマカルチャーデザインを学んだ話のまとめ

人間関係だってギフト。
誰もが愛や信頼はお金じゃ買えないって知っている。

ちょっと思い返してみたら、他人に助けられたことばっかりだよ。

人間だけが勝手に、お金という物差しでの交換に決めて
自分がより得するか、損するかってことを考えるようになった。
でもでも、本当は何一つ損することはないんだ。
だって、人は元々何も持たないで産まれたんだから、失うものなんてない。

本当はみんな知っているんだと思う。
ただ純粋に、他人に何か喜ばれることをしたときに嬉しかったことを。
他人が自分のために何かしてくれたときの嬉しかった気持ちを忘れることはないと思う。

自分の心が喜ぶことこそが、他人へも自分へもギフトなんだと思う。

まずは自分の心が喜ぶことをしよう。

生きているって今日も最高だ。

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atsushi

atsushi

海宙工房(みそらこうぼう)主宰。 旅の途中で南の島生活3年目。 パーマカルチャーデザイナー。 地方で仕事創りはじめました。 波があったら、サーフィン。 畑やって瞑想して、ヨガやってドローイングアートを描いています。 ときおり詩も書きます。

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